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聖夜に考える (人生の使い方)

エンマ大王や神様の存在を信じますか?ボクは信じるほうなのですが。だとすると死後自分の人生で神様に自慢できる時間の使い方がどれだけできただろうか?神様に自慢できるお金の使い方をどれだけできただろうか?そう考えると何も出来ていない。100分の1も他人のために使えてはいないのではないか、自分自身の事をこなすのが精一杯で忙しく駆け回っているだけの自分。それでは死に際に人生を振り返った時、「大した人生ではなかった」と後悔することになる。その人の人生は他人の役にたっただけの価値。それが生きた証。昨夜はそんなことを考えていました。

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2011年12月25日 07:33に投稿されたエントリーのページです。

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