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目的は魂の向上

気づくところがあって3年前から「求道」ということで「11日間断食」「21日間断食」来年の「41日間断食」「「100キロウォーク」「執筆」「講演活動」と無理があるとわかっていながらも過酷な月日を送っています。 それは今世ボクの人生の中で一番ストイックに自分自身を研ぎ澄ます時期は今だという事を気づかされる魂の呼びかけがあったからです。これは困難なことなのですが魂の向上を目指しているので、その行動に欲得や見栄や名誉の匂いがしません。同じような匂いをお持ちの方が数名います。 何故そうなのかというと魂の向上を目指している人の行動には、最後の最後の部分で他人にどう思われようと関係ないという覚悟があります。断食で言うと日数を気にしたり、100キロウオォークで言うとタイムを気にしたり、どちらも続けずにちょっと経験するだけでスグにやめてしまったりという段階はまだ見栄や外聞という欲が多分にあり目的が魂の向上が目的ではない雰囲気を放っています。 さらにそのことは、その人の「生き様」なので仕事をする上での価値観やその時期の心境やこれまでの人生での劣等感にも現れます。 その人に触れ合ってなんとなくギラギラした感じがするのはその欲が放つ雰囲気を感じるんですね。まぁ欲の雰囲気を放つ人同士は同波長なので気づかないのかもしれませんが…。 おそらく着地点は魂ということの存在に気づき今世死ぬ寸前に何を悟るのか、という基準で生きるという事を口だけではなく行動に現すこと、のようなそんな気がします。 出来なかった言い訳はいくらでも言えますが 今世死ぬ寸前に何を悟るのかということは現実ですからね。行動ではなく口で生きる人は閻魔さんの所に行ってもまだ言い訳をするんでしょうが、現実は仏教的に言うと心のレベルに応じた10段階の天国か地獄の世界で修行をし直して、来世もう一回振り出しに戻りそこから魂の修行をやり直すことになるのではないかと思うのですが。

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2009年10月11日 18:31に投稿されたエントリーのページです。

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