今年は12月1日から41日間断食をするので50日間の休みを取っている影響で断食が近づ句につれて超忙しくって今年は100キロウォークを断念しました!残念ですが100キロウォークと41日間断食という二大イベントは体力的にも無理があるので断食に集中する決心をしました。まぁ100キロはまた来年歩けますが41日断食はもう僕も50歳になるので今年が最後のチャンスかな、と思いそちらを選びました。
組織というのは、「支えている人」と「ぶら下がっている人」がいるわけですが、支える側が多ければ組織は活性化され、ぶら下がっている人の数が多ければ沈んでいくわけですね。ぶら下がっている人とは「会議で黙っている」「意見出さない」「言われてから動く」「場を盛り上げない」「決められてから頑張る」というような人も含まれます。そして意外とぶら下がっている人は多いのです。
いまレベルアップをテーマに次の本を書いているのですが、人の成長に大切のことが「環境」だということがよくわかります。で、その環境というものは、「高い価値観」「幹部のレベル」「自主性を促す風土」「スタッフ同士が話し合う習慣」「キャリアパス(将来設計)」を指します。スタッフが辞めやすいかかどうか、というのもこのあたりがかなり影響しますね。
まぁボクはお盆というのに、なかなか執筆が進まずにもがき苦しんでいるわけですが、今日は髪書房の伊藤淳さんがラポット事務所に来て下さり、ボクの話し相手になって執筆の糸口が観えてきました。しかし、これからの3カ月で本の執筆と100キロウォークの両方が出来るかどうかが今日のボクの迷いです。いい本にはなりそうなのですが・・・。
昨日は1年ぶりの大分の美容師さんに対してのセミナー、今の時期、スタッフの退社が増えています。…全国どこの地域も同じ時期に同じ現象が起こるのですね。日本全体がそうなのでしょうか?
先週の土曜日にCALMの川畑さんがお見舞いに行ったところ、尾池さんはリハビリ病棟に移ったそうです。脳出血のリハビリは早い方が後遺症うが少なくなるので、いいですね。
21日間断食以降感じることは「生命」です。
断食中というのは、10日目くらいまではまだ充分動くことが出来ますが、13日目を過ぎると動きも遅くなりスグ疲れるというか長時間動けません。その反面、自然の美しさや生命の輝きを感じる感性は鋭敏になり、一日ボーッと自然を眺めているということもでき、それも、ただのボーっとではなく、自然を感じ感動している感じの眺め方で、「生命の不思議さを発見している」というようなイメージです。「よくそんなに長い断食の間どのように時間を過ごすのですか?」と聞かれますが、ボーっと自然を感じる力が付くと普段も時々直感力がよみがえることがシバシバあり驚くことがよくあります。
「一寸の虫にも五分の魂」という言葉が日本にはあります。
小さな虫の命をも思いやる日本人の美しい考え方ですね。
今回、口蹄疫で殺処理された牛や豚は37万頭、これまで人類が殺し食べてきた動物の数はもっとでしょうが…。
死因の1位が癌で、2位がくも膜下出血、自殺者が3万3千人、無縁死が3缶3千人、うつ病患者の増加、全部関係があるように思えてならないのですが、一寸の虫にも5分の魂ですから、動物の恨みの念はもっとでしょう。
人間だって恨みつらみを残して死んでいったら化けて出るわけですからね。
これからもっともっと原因不明の現代病は増えてくるでしょうね。
特に日本は食べ物がないわけではないのに動物を殺して食っているわけですから、まして今回はどちらかと言うと「宮崎ブランドの肉」
「日本の肉は安全」という商業の為に動物が殺されたわけですからね。
もうすでに80年代後半の「狂牛病」の時に神様からの警鐘は成り始めているのですから
食肉業界はこれからドンドンダメになっていくでしょう。
神様はここまで待っていて下さったのですね。
鈍感な人類の為に。
ボランティア活動や環境問題活動をし、善き行いをすることを「積徳」と言います。ボクなどはウッディチキンの皆さんと一生懸命ボランティア活動をするのは「反省」の為です。これまでの前半世でムチャクチャナ人生だったので、その後悔を含めた反省ですね。ボクの場合は決して生まれもっての善人ではありませんね。あえて言えば、善人を目指しているがなかなか善人にはなれない人です。(ウッディの他の方々はボクとは違いますよ)
いよいよ七冊目の本の構想づくりに入っています。テーマは「愛と絆とレベルアップ」なのですが、主にレベルアップのことを重点的に書くことにします。
どんな人間も、他の人を幸福にする働きをした時にのみ幸福感を味わうのです。
どんな人の人生も、他の人を幸福にできた程度によって、その人の生活の価値が決まるのです。どんなに社会的に高い地位を得ようとも、どんなに経済的に裕かな富を得ようとも、他の人を幸福にできない人の人生は真に成功だと言うことは出来ないのです。
「これから毎日一度は、人に親切をしよう!
こう決意して実行することが、その人の幸福生活のはじまりなのです。
祝福とは幸いを祈ることです。
すべての人を祝福したとき、すべての人から拝まれる人になるのです。
すべての人間を祝福した人が、すべての人から祝福されるのです。
みんな自分が周囲に与えたものだけを刈り取るのです。